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鎮守杜の 余話閑話  2                      宮司  古賀靖啓
平成20年9月
高宮 今昔

 ○ 当社の境内には山桃の木が数多く茂っております。それは常緑高木で雄雌の木があり雌の木には六月頃、赤く甘酸っぱい実がなります。近頃は実が落ちて境内や参道を染めておりますが、世の中が豊かでなかった昭和四十年頃までは子供達の貴重なおやつで、その頃は落ちている実などありませんでした。
 当社の山桃の木は実のなる雌の木が多く不思議に思っておりますと、ある時、参拝者の方から「昔、山桃の好きな人が居たんですね」と言われました。常緑樹で神社に植えてよく、実がなるものと言えば山桃ぐらいでしょう。それからは、江戸時代に長老が子供のおやつに植えてくれたのかもしれないと、思っております。
 神社に茂る山桃は先人方のメッセージだと思えば、鎮守の杜に対する思いも深まります。そして私たちは次の世代のため何を成し、何を託すのか・・・。鎮守の杜は私たちにそう問いかけているように思えます。
 遷宮事業はもちろんのこと境内整備や植木一本にしても、大切な意味が有り、後世に対して責任重大なことなんだと思われます。
 今後もしばらく遷宮事業として境内整備を続けます。それらが百年二百年後に昭和や平成の先人が託したものとして受け取ってもらえるよう心掛けていきたいと思っています。


○ お参りの服装が近頃は妙なことになってきてます。例えば初宮参りに両親は短パンにサンダルやジーパンにスニーカー姿で来られます、正装して晴れの日を迎えるという意識が薄らいできているようです。拝殿は手水をしてお祓いを受けて入るところですから、本来ならば昇殿参拝をお断りすべきところです。
 特に初宮は結婚式よりも重儀と思われます。
「参る」とは敬って恐れ多く慎みを持ってする行為のことです。そして、参拝するとは御神霊にお会いすることですから、最も正式な服装をすべきところなのです。お祝いとは神霊との結びつきによるものなのですが、今はそのことが忘れ去られているのです。


○ 祈願料も現金をそのまま出す人も多く、お釣りを貰う人もいます。神様へのお供えですからのし袋に入れて納めるものです。結婚式のお祝いに裸銭を渡したり、お釣りを貰う人は居ないはずです。この体裁を整えることは形に心を添えることです。そして、礼儀を欠くことは、神霊不在の感覚の現れですから注意したいものです。
 人はご神霊の守護があってこそ幸せになれるのです。神の実在を信じて祈れば、災いは福と転じ自らと世の平安をもたらします。それは「神と共に生きる」ということで、私たちが「神の子」である証しなのです。



鎮守杜の 余話閑話  1                      宮司  古賀靖啓
平成20年6月
神威無量の高神様

 地元の古老方は、高宮八幡宮は位の高い神様であるという話をいつもされていました。
 現在の浄水場を中心に高宮、大池、寺塚、平和あたりの森を社領とし、神社の神田は二町歩以上あったそうです。高宮から太宰府市に抜ける道を高宮往還と呼んでいました。そして、高宮八幡宮の元宮(高宮浄水場あたり)は山城であり、その石垣はこの辺り一帯にあった古墳の石垣と共に福岡城建設のために運び出されたと言われています。元宮があったとされる処からは福岡市内と春日、太宰府あたりが一望できます。志賀島、荒津(西公園)、高宮、天拝山がほぼ真っ直ぐに並んでおりますので地政学上重要な地点であったと思われます。

 氏子地区も随分広いと伝えられておりました。それは棟札が出てきて後日検証が出来ました(福博十七ヵ村の総鎮守・今で言いますと福岡市の南区と博多区、中央区、那珂川町、春日市あたり)。明治になり高宮村は平尾村、野間村、若久村、屋形原村と合併します。この時高宮村にしたかったのですが八幡村になりました。そして、高宮八幡宮は八幡村の村社になるのですが氏子達には黒田藩士の子孫も多く、位の高い神様と伝えていますから村社がどうしても気に入りませんでした。それで大正になって神社を官幣小社もしくは県社にしようと本殿(奉献黒田忠之公)、拝殿(木材奉献加藤司書公)を改修し、神楽殿を造り、社務所、宿舎齋館を造って昇格運動をしました。(残念ながら昇格は出来ませんでした)。

戦前は縁日には神社の池から参道沿いに屋台が並び大変な賑わいだったそうです。このあたりは福博の資産家の別荘や別宅が多くあったそうで、池に舟を浮かべて芸者さんから囃子方まで呼んでお舟遊びをしていたそうです。
当社と最上稲荷(高宮4丁目)と石投げ地蔵(向野)にお参りすると御利益があると言って戦前は大変お参りが多かったそうです。またこのあたりは桜の名所になっていたとも聞かされています。

 昔より夢でお告げを受けた話が氏子地区内から多く寄せられています。近頃でも先代宮司、宮司、宮総代を始め信心深い方には数多くの夢によるお告げや霊験談が伝えられています。神殿遷宮のきっかけに始まり、奉賛事業、設計、建築、地震対策に至るまで夢でのお知らせがありました。これらのことは神様からの神実在の証しを頂いているのだと恐れ多く思われます。