本文へジャンプ

鎮守の杜から 27                         宮司  古賀靖啓
平成20年9月
お祈りの話 B

   祈る対象 産土様

 
人が常日頃お祈りすべき対象は産土の神様です。産土様はその土地のすべての生成化育(自然が行う命の営み)を司るムスビの神です。産土の神が人に魂を授けこの世に生を与えます。この神は人にとってはこの世の生活のお世話から御願い事、そして、死後の魂の守護までしていただく親神様です。それでまず、産土の神様をお祭りしお祈りすることが基本となります。それと合わせて日本の国の総氏神としてお伊勢様をお祭されるとよいでしょう。
 お祈りするにはお札を受けそれにお祈りされるのが一般的です。神棚を用意されるときは神社で相談されてください。

 それから崇敬する神社や神仏をお祭りします。この崇敬神社を祭るあたりから注意が必要になります。いたずらに御利益を求めて神様に失礼になっていないか、御利益があると勧められ妖しげなものを祭っていないか…。祈祷師、霊能者、信仰団体や霊場から授与される御神体やお札やお守りやスピリチュアルグッズと言われるものには十分な注意が必要になります。また、ご自分で勝手に石や仏像や写真や文字や絵などを祭ることも間違いが起こりやすいものです。
 信仰好きの方が神社仏閣めぐりや祈祷師、霊能者、ヒーラーめぐりをして様々なお願い事をしたり、いろんな物を集めたり祭ったりしていますが、そんなことを行っていると気がつかないうちに神様でも仏様でもない、いわゆる霊物・邪霊と言われそれも程度の低いものと関わっていることが多く、知らないうちに自分の魂やご先祖を穢すことになります。

 人が祈るべき対象は人としての心情を高めて魂を輝かせることを導いて頂ける神でなくてはなりません。安易に御利益が頂けるとか、捧げ物や貢ぎ物、金銭、布教活動の成績で地位や位が上がるなどと言うことは正神を祈っているならばあるはずのないことです。
 まず祈るべきは産土の神だと覚えていてください。産土様の御守護を頂き浄心を心掛ければ「平安無事」となり、まず妙な物が入って来ることはなくなるものです。

 産土に 生まれ出でつつ 産土に
  帰るこの身と 知らずやも人

 祈るべき 吾が神おきて 他村の
  産土拝む 人は惑えり

 産土の 神の心に 適いなば
  家に宝に 富栄えむ

 産土の 神祈りして その後に
  天地の神は 祈るべきなり 

産土百首より


鎮守の杜から 26                         宮司  古賀靖啓
平成20年6月
お祈りの話 A

 感謝の祈り

 お祈りをする、拝むと言うとお願い事をすることだと思っている方が多いようです。それを信仰と称して熱心に見当違いなことをされてるようです。
 毎日神社で行われるお祭りでは感謝の祈りが捧げられます。それは世の中が平安無事で、自然の恵みによって衣食住を得てその土地に生かされている事への感謝の祈りです。そして命の営みが継続しより良く発展すること(生成化育・修理固成)をお願い申し上げています。
 昔の日本人は土地を一番大切なもの(神の顕れ)とし、またそこに住んだ先住者の恩恵を忘れず、常に土地(神)と先住者(霊魂)に畏敬を持って暮らしておりました。その暮らしぶりは祈りそのものでした。

 神様に対するお祈りは、まずこの自然や宇宙を保っていただいていること、そして天地の恵みを頂いていることへの感謝です。具体的には世の中の平安や国と人々の安全、そして私どもの日常の暮らしを守っていただいていることに感謝の思いをいたらせます。
 それから個々のお願い事があれば申し添えます。その祈りによって自分以外の者と自らもより良くなれるように祈ります。

 祈ることによって心が浄化されるようでなければ祈りとは言えません。祈るときは心が浄化できるように心や言葉に気を配って下さい。
 その心配りを繰り返している内に普段の暮らしの中にあっても、祈っている時のように心の浄化が出来るようになってきます、
 そして、祈りがその人の品格となって映ってきます。神仏、先祖、世間様に対する感謝を持って暮らしておれば、自ずと品格は身についていきます。

 

鎮守の杜から 25                         宮司  古賀靖啓
平成20年3月
お祈りの話 @
 祈りの大切さ

 四十年程前までは日常生活の中で人が祈っているところを良く目にしたものです。朝日に手を合わせ、井戸や水を拝み、かまどや火を拝んで食事を作り、その食事を神仏、先祖に供えて自らも食べ物を拝んで食べておりました。一歩外に出ればお地蔵さんや道祖神、様々な祠があり道行く人々が祈りを捧げ思い思いにお供えが上がっていたものでした。神官や僧侶でなくても一般の人々が祈りのある内面を高める生活をしていたのでした。それに較べ今時は、多くの人が身体上の健康や見かけに気を遣い、ファッション、健康食品、サプリさらにはスポーツジム、エステ、整形美容と時間とお金は惜しみなく使われています。しかし残念ながら自分の心や魂という精神や内面的なことにはほとんど関心がなく人間性を高めようという気にはなれないようです。
 
 祈りの対象である神仏、自然、先祖は私たちの命や心と魂の大元でありそれらを支える存在でもあります。近頃は人の命を粗末にし、人の心を平気で踏みにじり、自分のことしか考えない言動がニュースを始め身の回りでも多く見受けられます。これは神仏、先祖という命や心と魂の大元を尊び大切にしない風潮からではないかと心配しております。
 この世の乱れの原因は多種多様にありましょうが、ともあれ原因の最たるものが神仏、先祖という生命と心の大元を忘れたことによる人間性の低下によるものと思います。

 それには宗教的情操教育なんて言う通り一遍な言葉で表現できない、神(自然)と先祖と共に生きてきた日本人の伝統的価値観、魂の奥底に伝わる深い情操を再認識しなければいけません。そのためには家庭で日々お祈りをする、手を合わせるという事が一番大切なことです。祈ることは特別のことでなく洗面所で手や顔を洗い、お風呂で体を洗うように、神仏先祖を祈ることによって心と魂を洗うということです。それで、神棚を祀り先祖を拝むという祈りのある生活をお勧めしています。

 お祈りの目的、お祈りの対象、お祈りの仕方は様々あります。それで多くの混乱や誤解があるようですから、目的と対象別に別けてなるべく解りやすく実際にどなたでも行いやすく説明したいと思います。それによって少しでも信仰に触れて、日本の伝統である敬神崇祖の念や自然を始め人から物まであらゆる物事を尊ぶ精神を共に養いたいと思います。


鎮守の杜から 24                         宮司  古賀靖啓
平成19年12月
結婚式
 神社での結婚式が密かなブームになっているそうで、当社でも結婚式が増えています。神社は古来より神々の降り立たれたところですから、ホテルなどの式場とは清浄感、神聖さでは比較にならないことは言うまでもありません。
 また、神社は式場と違い経営の都合で無くなってしまう事はありません。一様…若い人の間で神社で挙式することは本物志向とされているようです。

 少しスピリチュアルに申し上げますと、神無月(十月)に、全国の産土の神が大国主大神の居られる出雲に集まり何処の誰と誰を結婚させるか話し合われると言われています。それによって私たちは偶然でなく「神計り」によって相手と結ばれます。人の魂は産土の神から頂くわけですから、産土の神から生まれた二人が神の前で結ばれ、やがて子供が生まれて来るというのは実に神秘で、ありがたいお話です。結婚、出産、育児ともに神様が行われるムスビ≠フ働きによるものです。
 このムスビの力によって生まれた子供がムスコ・ムスメ≠ニ呼ばれる由縁です。 

 結婚式は家と家を結ぶ儀式ですから、式にはご両家の多くの御先祖が集い見守られます。ゆえに結婚式は厳粛かつ、緊張感のあるかなり大変なお祭りと言う面もあります。
 新郎新婦が事前に互いの御先祖に手を合わせに行くのは昔では当然のことでしたが、その理もこのことを周知のことだったのかも知れません。

 これから結婚される方はもちろんのこと、熟年離婚がとやかく言われるこの頃、ムスビ直しの挙式も御奉仕申し上げます。


 もちろん縁結びや子授けもムスビのご神徳ですから産土神社にお参り下さい。





鎮守の杜から 23                         宮司  古賀靖啓
平成19年9月
初宮参りと産土(うぶすな)様
 子供の誕生に際しては、妊娠五ヶ月の戌の日に安産祈願(着帯の儀・岩田帯のお祝い)、命名やお七夜(おひちや)、初宮参り、御食初(くいぞ)め(百日目)、初節供など子供の成育の無事を願うさまざまな行事が行われます。
 こうした中でも、初宮参りは初めて産土神(氏神)様に参拝することで、公的な外出をする最初の機会で、華やかに行われる行事となっています。
 初宮参りの時期については、男子が三十一日目、女子が三十二日目に参るのが一般的です。

 初宮参りの意味は、
 一つには、産土神(氏神)の産子(氏子)の一員となるご挨拶に行くこと。
 二つには、不安定な新生児がご神徳によって無事に育つようお願いすること。
 三つには、私たちは産土神(氏神)から神様の御分霊(わけみたま)を頂いてこの世に生を受けて生まれますので、親子共々その御礼に行くという意味があります。
 そして親先祖から頂いた赤ちゃんの体もお陰で程なく整い、今日はめでたく晴れて赤ちゃん本人が魂の親(命の元)である神様にご挨拶に伺うのが初宮参りです。この世に生を受けることは魂にとって成長する大切な機会を得たことを意味しておりますので、その喜びと感謝と共にこの世に生まれてきた自分の役目や可能性を充分に果たせるようにお参りします。

  お子さんに伝えて欲しいこと

 一つに、神と人の関係は魂の親子関係ということ。魂の親である産土神は世界中どこにいようといつであろうと側に来てお守り下さいます。
 二つ目には、神の魂を授かって生まれてくる人は神の子(自分自身の尊厳)です。そして、「我は神なり、人も神なり」、ですから自他共にかけがえのない大切なものです。ゆえに人はあらゆる制約を超えて、魂の次元ではすべて神の子供として平等であり、それゆえ日本人は「和」を重んじてきたこと。
 三つ目は神の魂を持つ人としての使命があることを教えてあげてください。
 この有り難い産土神と人の魂の親子関係は人が知ると知らずとに関わらず、断つことの出来ない深いきずな(慈愛)で結ばれております。

    親の務め

 古来、人は産土より出でて産土に帰るものとされ産土神が命の大元であり、人が幸せになることその命を全うすることは、産土(神)と共に生きることだとされています。
 あなたが親になるという感動は神より魂を預かったということを顕しています。子供が生まれて来てくれたお蔭で親になれます。神様より人生の中でも最も重要な親の務めを許されたわけです。子供という魂を授かったお蔭で子と共に親であるあなたの魂が成長する機会を得たわけです。子育てにはいろいろと苦労することがあります。それは親子共々魂の成長のために与えられたものです。
 この初宮参りは人として家としても最も喜びの大きい行事の一つなのです。
出産(安産祈願・初宮参り)、育児(七五三・元服成人式)は親子共々また家として魂の向上をさせていただくという大切な時期なのです。情熱と誇りを持って子育てを行ってください。そして常に神を念じ安心すること、必ず神様のご加護がありますから。







鎮守の杜から 22                         宮司  古賀靖啓
平成19年6月
お水取り・お土砂取り
 当社に毎月何人もの方がお水取りに来られます。それはその年、その月の吉方に行ってお水を取って来ると幸せになる、運がつく、病気が治ったりお金が入る、と言うまことに有り難い話です。しかしながら信仰的にはせっかく神社に来られているのに、熱心に見当違いに祈っておられるのは、まことに気の毒ですし、呼び止めて説明するのも差し出がましく返す返すも残念に思っております。
 そんなある日、崇敬会に入られ信仰熱心なHさん(氏子)がペットボトルとビニール袋を持ってやって来られ、お水と土砂はどこから取れば良いか聞いてこられました。その時のお話です。

 どこか占い師、霊能者の処で聞かれましたか?…。友人が代わりに相談してきてくれたのですが、それが私のことや家族のことなどよく言い当てるので驚いて自分も行ってきました。それで開運するには毎月お水取りとお土砂取りをするように言われ数年続けており、今月は調度こちらの神社が良いと言われました。
 それではHさん、産土の神(氏神様)が自分の子である産子(氏子)がお参りに来るのに、今月は方位が良いから御利益を十倍にするとか、誰々さんは親孝行なまじめな努力家のうえ信心深い人ですが、吉方を取ってお参りしないから一切神徳を受けないなんて事があると思いますか?…。また、ある人は一切努力はしないが吉方はきちんと取っているので順風満帆、いつも花が咲いたような人生を送れるなんて事があると思いますか?…。
 もしそんなことが起こるような神様(信仰)だったらそれはどう考えても正しい神(信仰)とは思われないでしょう。そんな欲をかいた自己中心的な心で神社仏閣を廻ると妖魅・邪霊が寄ってきて最初は上手にお蔭を出して取り入られ、気がついたらすっかり信じ込み騙されるものですよ。そして、あなたに吉方の取り方を教えた方がどれほど開運されて人も羨むような栄耀栄華を極めておられるのか…。etc…。

 Hさんはちょっと照れくさそうに「よくわかりました」と言われ、神前で熱心に祈って後はお水もお土砂も取らずに帰られました。

人生には苦労がつきもので、そして努力も辛抱も我慢もしてこそ、此の世に生まれた甲斐があり、心を鍛え魂を練ることが出来るものです。それを分かって神様は私どもが心魂を鍛えることが出来るように見守っておられるのです。正神が人に安易な抜け道や妙な能力を与えて自分の処に来るように誘ってくるようなことは断じてないと知っておいて下さい。

鎮守の杜から 21                         宮司  古賀靖啓
平成19年3月
歳旦祭 新しい年を言祝ぐ
  新しい幣殿と拝殿において、除夜の太鼓に続き新年最初の御祭り歳旦祭を御奉仕申し上げました。この祭りは世の平安を祈り国の隆昌(安泰と五穀豊穣)を国民・氏子・崇敬者の安寧をご祈念申し上げるお祭りです。個人的な祈りに先んじて公共性を持つ祈りが捧げられます。この御祭りの後から、個人的なお願い事をする御祈願が始まります。

  御製
 務め終へ歩み速めて帰るみち
 月の光は白く照らせり

  皇后陛下御歌
 年ごとに月の在りどを確かむる
 歳旦祭に君を送りて

 今年の宮中の歌会始の儀において披講された御製と皇后陛下の御歌。この御歌は元旦早朝より四方拝に続き歳旦祭にお出ましになる陛下をお見送りされる時のお歌と承ります。
 皇后陛下はご列席されないものの、常にも神祀る陛下と共にまつりに寄せる心を記されています。皇室ではすべてのことにおいて神事を優先されるとのことです。陛下を初め御皇室の一番大事な仕事が神事をされることであり祈ることであります。
 この四方拝、歳旦祭には潔斎、禊ぎをされて火の気のない、戸外そして神殿にて長時間お祭りをされます。そして、常に世の平らぎを願い国安かれ民安かれと祈られるのです。寒い元旦の早朝に国民のこと国のことを祈っておられる、国民と共に居ていただいている、恐れ多くまさしく有り難き極みと申し上げるしかありません。
大御心を受けて国の御先祖達が育んだ歴史、伝統、クニブリ、ここに日本の価値の神髄があります。全国津々浦々で年中行われる神社の国家安泰、五穀豊穣の祈りはこの大御心を受けて行われます。初詣はこの国家安泰、五穀豊穣のご恩に御礼申し上げ、新たな一年のお願いに家族そろってお詣りすることが先ず第一のはずでありました。

鎮守の杜から 20                         宮司  古賀靖啓
平成18年12月
新しい御殿の誕生(新生)
 
 本殿四百年ぶりの遷宮、先ず拝殿が十九年の正月にはお詣り可能な状態となります。
 この時期は神の霊験(御稜=みいず)は高まり、産土地区すべてに生成発展の気が満ちて来ますから、信心深い方はもちろんのことこの土地に住む人は多くの恵みを受けます。ですから、御神霊の守護を受け運気を上げいわゆる開運する好機で、新しいことを始めるに良いとされています。

 これに合わせて、今まで神様をお祭りされてなかった方は是非神棚を祀られたらよいでしょうし、神棚のお社が古くなった方は新しくされて下さい。

 伊勢神宮では二十年に一度お宮を新しく致します、それが御神霊の霊力の再生をもたらすとされ、それによって国の生命力が高まるとされています。高宮の場合はさしずめ那珂郡十七ヵ村と筑紫国と言うことになります。そして、この筑紫国は古事記や祓い詞に出てくる、日本再生の鍵を握る大事な場所であります。

地域の平安やそこに住まう人々の個々の幸せも御神霊の御稜威によるものです。その御稜を高めるのは人々の祈りなのです。美しい日本再生をご一緒に祈りいたしたく思っております。  
イメージ